●何が悲劇を招いたか 介護殺人

 石川県かほく市のグループホームで、入居者の84歳の女性が夜勤をしていた職員に殺された。石油ファンヒーターを服の上から押しつけれられ、やけどによる熱傷性ショック死だった。

 女性は老いて、重い認知症(痴呆性)を患っていた。長い人生を生き抜いてきた末の、何という悲しい最期だろうか。多くの人が事件を自分の老後に重ね合わせて憤り、不安をかき立てられたに違いない。

 女性を死に追いやった職員は28歳の青年だ。「介護が必要な祖母の世話をするため技術を取得したい」と思い、このグループホームに勤めた。週3回、夜勤だけするパートである。ホームヘルパー2級の資格をめざし、昼間の勤務もしたいと意欲を見せていたという。

 そんな青年が、なぜ、取り返しのつかない暴力をふるったのだろうか。警察の調べに対し「自分の思いと現実のギャップに爆発した」と話しているが、まだ詳しい事情はわからない。

 事件の舞台になったグループホームは、高齢者のための介護施設だ。そこでは少人数の入居者と介護スタッフが普通の民家のような住宅で生活をともにしている。自宅とあまり変わらない環境でいつも顔なじみのスタッフに見守られる。それが成果をあげて認知症ケアの切り札とも考えられている。介護保険の対象になったことで一気に広まり、今では全国で6千カ所以上になった。

 環境は家庭に近くても、職員には高い専門性が求められる。認知症の患者は意に沿わない扱いを受けるとパニックになったり、乱暴になったりする。逆に物忘れへの不安や、思うことをうまく表現できないいらだちをくみ取って寄り添うような介護をすれば妄想や徘徊をなくすこともできる。専門知識と技術、人間への深い理解が必要な仕事なのだ。

 高齢者福祉の先進国デンマークでは認知症の症状や患者への対処に精通したコーディネーターがグループホームを巡回し、職員の相談にのったりアドバイスをしたりしている。

 夜勤専門の上、ヘルパー2級の講習を受けていた青年は、入居者対応にとまどうことも多かったにちがいない。職員同士が患者の情報を共有し、悩みを打ち明けあうような仕組みはあったのだろうか。

 この春からは、市町村がグループホームの運営に目を光らせることになっている。まず職員の専門性を高める研修に取り組んでほしい。介護施設の職員が引き起こす虐待の多くは、認知症に対する知識の乏しさによるものだからだ。

 住民も認知症への理解を深め、グループホームを地域の財産として見守り、かかわっていく必要がある。

 福岡県大牟田市では、認知症のお年寄りを地域で支えるために学習会を重ねている。小中学校でも絵本を使って認知症への理解を深めている。一人ひとりの関心が良質な介護につながっていく。

朝日新聞 2005.2.16(水)