●審議進む 自立支援法案

  障害者政策 伴わぬ実態

 障害者自立支援法案が国会で審議中だ。働ける障害者に働いてもらい、負担も求める法案は、日本の障害者施策の転換点といわれる。審議では障害の定義や人数など基本データが不十分なことや、地域で暮らすための基盤整備の遅れなどが浮き彫りになった。「社会の鏡」でもある障害者政策のあり方が問われている(編集委員・生井久美子)

対象狭く、少ない予算

●定義

「知的障害の定義をはっきりして正確な数を把握してください」

 知的障害者の親たちでつくる「全日本手をつなぐ育成会」の松友了常務理事は先月、自立支援法案の参考人として招かれた衆院厚生労働省委員会で政府に求めた。

 日本の法案には知的障害者の定義がない。人数も、政府がいう46万人(人口の0・36%)は「療育手帳」を持つ人を中心に把握した数で、手帳発行の基準は都道府県ごとにばらばらだ。

 川崎医療福祉大学の岡田喜篤学長は「先進国では、知的障害者は人口の2%前後というのが常識。日本は低すぎる」と話す。松友氏も「定義と人数は政策の基本。土台がない丼勘定でここまできたことに、施策の遅れの原点がある」と嘆く。

「世界の常識」と違うのは知的障害者だけではない。05年度版障害者白書によると、身体、精神、知的を合わせた障害者の総数は約656万人。人口の5%だ。主な先進国をみると人口の10〜20%。米国では00年で、19%、豪州やニュージーランドは20%、北欧では30%を超す国もある。

 政府の支出も低い。01年の国内総生産(GDP)に占める障害関連分野の割合は0・66%。米国の半分、ドイツの5分の1、スウェーデンの9分の1だ。

 なぜ、こんなに違うのか。佐藤久夫・日本社会事業大学教授は「日本は目が見えない、手足にまひがあるなど医学的な障害が中心だが、世界ではICF(国際生活機能分類)に基づき、生活面の困難や環境要因に注目した広い概念でとらえる傾向にある」と指摘する。

 その結果、日本では発達障害や難病、慢性疾患など「谷間の障害」が生じ、支援の対象になってこなかった。約70の障害者団体が加盟する日本障害者協議会の政策委員会は3月、医学的な診断を中心に判断するのをやめ、支援の必要性に基づき施策の確立を求める報告書を出している。

 遅ればせながら、内閣府は今年度から各国の障害者の定義などについての情報収集を始めた。依田晶男参事官は「障害が特別な人の問題ではなく、身近なことだと、国民にわかってもらうのが目的」と話す。

「脱施設」に逆行も

●受け皿

 政府が掲げる障害者が街で安心して暮らせる「ノーマライゼーション」を実現するには、住まいや働く場、ホームヘルプサービスなど地域の支援体制が不可欠だ。

 しかし、全国障害者社会資源マップ03年度版によると、障害者が一緒に地域で生活するグループホームが一つもない市町村73%、働く場である通所授産施設がないところも75%に達する。厚生労働省によると、知的障害者のホームヘルプサービスがない自治体は半数近い。利用者数の都道府県差は24倍だ。

 日本では施設入所が政策の中心になってきた。施設から地域への「脱施設」が欧米で進むなか、日本では、親亡き後のことを心配する家族らの願いもあって施設を増やしてきた結果、知的障害の入所数は13万人にのぼる。精神病床数も欧米の2〜7倍。平均在院日数も、349日とけた違いに長く、入院患者のうち5年以上の長期が43%を占める。

 政府は03年度から5年間の「新障害者プラン」でようやく脱した。しかし、「自立支援法案は脱施設に逆行する」との懸念が上がっている。

 「はしごを外されたような思いです」。長野県にある西駒郷地域生活支援センター山田優所長はそう語る。

 長野は県を挙げて脱施設に取り組み、県立の知的障害者入所施設「長野県西駒郷」(定員500人)では2年間で111人を出るなど実績を上げてきた。山田所長は県内を回ってグループホームをつくり、ヘルパーを増やしてきた。

 ヘルパーは通院の付き添いのほか、地域の人と障害者をつなぐ橋渡し役だ。だが、自立支援法案が成立すると、グループホームで暮らす中軽度の知的障害者は、家事援助や移動介護のヘルパーを今までのように個別には利用できなくなる。

 厚労省はグループホームがヘルパーを雇うなどの方法があるとしているが、山田所長は「詳細がわからないし、これまでどおり利用できるとは思えない」と心配を募らせる。

最低限の介助が「益」?

●負担

 「障害者福祉のサービスに、(サービスを多く使う)重い障害の人ほどたくさんお金を払ってもらう制度を導入した国はない」

 山井和則氏(民主)は先月の衆院厚生労働委員会で、法案に盛り込まれた応益負担を批判した。これに対し、尾辻厚労相は低所得者へのきめ細かな減免措置を説明。厚労省は「負担の上限を設け十分配慮している。サービスの維持にはみんなで負担する仕組みが欠かせない」と理解を求める。

 大阪市に住む脳性まひのサチコさん(51)=仮名=は応益負担の導入に納得できない。親元を離れ、一人暮らしを初めて4年。夜中の寝返り、入浴、移動など、24時間ヘルパーの助けが必要だが、障害者支援費制度から支給されるのは月387時間分。不足分はヘルパーの事業所がやりくりして派遣している。

 1年半前から脚が曲がりにくくなり、トイレの介助は2人がかりだ。ヘルパーが2人いない祝日は、人手を求めて近くの福祉センターのトイレに行く。法案が成立すると、障害年金などで年収が80万円を超えるサチコさんが同じ支援を受けるには、月2万4600円の負担増が必要になる。


 サチコさんは言う。
「『益』と言われても、生きるのに最低必要な介助を受けているだけ。働く場も十分な収入もないのに負担だけが増えるのは納得できない。私の言っていること、おかしいですか」

朝日新聞 2005.6.28(火)