●NPO法人地域福祉支援センターちいさな手

  社会福祉士 清野 光彦理事

  地域福祉皆で支える「ちいさな手」6年間あゆみから

 無いなら創るJ

〜移送サービス編〜

 2001年、私たちは介護保険度導入からほぼ1年が経過した頃、ケアマネジメントを行う上で移動手段の確保に悩んだ。特に通院に対するニーズが高いのに、充足できないもどかしさを感じ、その解決策として「移送サービス」を始めた。

 新得町のような中山間地域では、採算性を理由に公共交通機関を取り巻く環境が悪化し続け、住民の足はどんどん削られている。とりわけ、高齢者や障がい者などの生活弱者といわれる方々は、自分一人では、移動手段を持たない場合が多く、このあおり大きく受けている。

 また、「生活」という視点に立つと、買い物や外出など、生活全般における実にさまざまな移動への要望が存在している。この要望の充足は、「自己実現」の観点からも重要だ。今回は、「小さい手」が取り組んでいる移送サービスを通し、「サービスが無いなら自ら創(つくる)」について考えてみたい。

桜の思い出

 「桜のきれいな時期に思い出のある公園に連れて行ってあげたい」とおっしゃる夫Tさんの強い希望で、短期入所中の妻Mさんを近くの公園まで外出介助したことがあった。移送当日、Tさんは妻や私たちのために、お茶やおやつを用意し、まるで遠足のような雰囲気だった。

 しかし、ぽかぽかと暖かく、あまりに陽気が良かったせいか、Mさんは車椅子に乗って散策している間中もうとうとし、たまりかねたTさんが「かあさん見てごらん桜きれいだよ。」と声をかけても、1度も目を開けることはなかった。

 なかば諦(あきら)めて帰路につき、自宅前を通り過ぎようとしたその時、うとうとしていたMさんが一瞬ぱっと目を開いた。ちょうど自宅前に植えてあった桜の老木が満開で、「久しぶりだね」とその桜に起こされたような感じだった。その後、夫婦がそろってこの桜を見る機会がないまま、妻の病状回復を願っていたTさんは今年1月、Mさんを残して突然一人で逝ってしまった。

 4年も前の出来事だが、今思い出してもあの時の情景が鮮明に甦(よみがえ)り、ほんのりとした温かさに包まれる。今年の桜の時期、今は住む人のいないご自宅前を通ってみたが、お二人の思い出がたくさん詰まった桜は、あの時と同じ見事な花を咲かせていた。

2時間の帰宅

 これも、移送サービスを始めた頃の話である。Uさんが亡くなる2日前、2時間だけ「自宅に戻りたい」という希望をかなえるお手伝いをさせていただいた。Uさんとは、私がデイサービス職員だった時からの縁で、制度導入後はケアマネとして、生活の一部に深い関わりを持つようになっていた。

 頑固な方で、「いずれは死んでいく身にお金をかけることはない」と、医療も含めた社会的サービス拒み続け、最低限の支援しか認めていただけず、主治医も私もお手上げの状態だった。

 そんな折、容態が悪化。いよいよ最期の入院となったある日、主治医にもうろうとする意識の中で「家に帰してほしい」と頼み、なかば根負けした形で2時間の帰宅を認めていただいた。目と鼻の先の公営住宅に、車いすごと移送し、甥(おい)夫婦と妹さんが見守る中、自分のベットで2時間だけ安心したようにぐっすり眠った。

 Uさんの望みは、「自分の家の水が飲みたい」だった。病院に戻る時間になった時、いとおしむように自分の部屋をぐるっと見渡し、一瞬唇をかんで何かをこらえるような表情を見せ、コップの水をまるでお酒を飲むようにおいしそうに飲み干し「うまい、うまい」とつぶやいていた。病院に戻ったと同時に意識が薄れ、その2日後のお別れだった。

「4地域で生活するためのより温かい足」

 ここで紹介したような、移送希望に対応する社会的サービスはほとんどない。なぜなら、公的なサービスはさまざまな個別の要望には応えきれないからだ。移送サービス依頼の大半は通院を占めるが、これも個人的な要素が強く、社会的サービス化は難しい。

 しかし、高齢者が一人で通院することがいかに大変なことか、移送サービスに取り組んでみてよく分かった。サービス利用者は受付から薬をもらうまで、実にさまざまストレスにさらされる。耳も遠く、目を薄い高齢者が一人でこのストレスを軽減することは至難の業だ。

 現在、ちいさな手の移送サービスは、この辺の支援にも対応している。つまり単なる「足」としてのサービスではなく、介助者を同行することで安心できる「生活を支える足」として機能することを目指している。そして、この延長線上に、事例のような「自己実現」を可能にする「地域で生活するためのより温かい足」の創出がある。こうしたサービスは自らつくらなければどこにも存在しないだろう。

プラスのエネルギーが大切

 国土交通省は昨年3月、懸案だった福祉有償輸送等の道路運送法第80条許可取得を求めてきた。いわゆる「白タク行為」の全面的禁止だ。来年3月までに、移送サービスを行っている事業者は、サービス内容に合わせて許可が必要になる。

 もちろん、「ちいさな手」の移送サービスも例外ではなく、対応を迫られている。しかし、基本的なスタンスである「生活を支える足」という理念は変わらない。

 移送サービスが始まった頃、何とか利用者の気持ちに応えたいと走り回り、前述のような触れ合いも生まれた。今思うと、むしろサービスがなく、困難状況だったからこそ、自ら創出し、かなえられたときの喜びが大きかったのかもしれない。

 「無い」といって諦めるより、「やる」というプラスのエネギーが大切。サービスがあればこそ、温かいぬくもりのある支援が可能になる。数年前の出来事だが、目を閉じると、当時の満足そうな3人の顔が昨日のことのように思い出される。

介護新聞 2005.6.9(木)